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2008.12.13

ダイタクヘリオスが死亡しました

 一回、見学に行っておけばよかった。

リンク: ヘリオス - (有)山内牧場.

今朝の青森はとても寒い朝でした。
そして朝早く現場からの電話が鳴りました。
電話に出ると、『ダイタクヘリオスが逝去した』という内容でした。
突然のことで俄かには信じられませんでした。
急いで馬房に行ってみると硬直したヘリオスがいました。暴れた様子も無く、安らかな死に顔でした。

 1991年、1992年のマイルチャンピオンシップを連覇したダイタクヘリオスが21歳で亡くなりました。ミスターシービーから競馬好きになった自分の競馬の見方を変えてくれた馬でした。

 5歳(現4歳)のマイラーズカップを勝った頃から気になっていて、安田記念2着で穴を開け、当時は2000mのG2だった高松宮杯でダイイチルビーに雪辱したのに、あまり馬券で大儲けした記憶がない。馬券を含めて本気で追いかけ始めたのはその年の毎日王冠から。

 毎日王冠の前に縦の比較をしていて気付いたのだが、買い時がこれほど分かりやすい馬はいなかったのだ。追い切りで毎回バタバタになり、レースでも気ままに口を割りながら走っていることから、世間の印象は「気性の悪い短距離馬」。でも、実績を残しているのは1600~2000mの競馬。「1400m以下で人気なら切り、1600m以上で人気がなければ買い」という決め打ちでどれだけ儲かったことか。

 初のG1勝ちとなった1991年のマイルチャンピオンシップはこの年の安田記念の覇者で「華麗なる一族」の牝馬ダイイチルビーが1番人気。2番人気は一気に出世街道を駆け上がってきた○外の快足馬ケイエスミラクル。3番人気は前2年連続2着のバンブーメモリー。ダイタクヘリオスは4番人気でも単勝11.8倍の伏兵扱いでした。

 レースは例によって折り合いを欠きながら先行。直線入り口でスッと後続との差を広げる。そのままリードを保ち、2 1/2馬身差の楽勝。馬連は安かったけど、単勝できっちりもうけたことを思い出す。

 その後は翌年のマイラーズCを別定の60kgを背負いながら5馬身差の圧勝。1番人気で臨んだ安田記念は直線伸びず6着敗退。馬券で手痛くやられたのはこのレースぐらいかも。宝塚記念は2番人気でしたが、良馬場で2.18.6という時計の掛かる馬場に手こずり5着。

 秋は毎日王冠をレコードで堂々と逃げ切り。前年は陣営の登録忘れという失態で出走できなかった天皇賞秋は、メジロパーマーとのハイペースでの逃げ争いの挙げ句、人気のトウカイテイオーを含めた先行馬が壊滅。レッツゴーターキン=ムービースターという渋い脇役2頭の追い込み決着になったのもいい思い出か。

 そしてマイルチャンピオンシップは1991年のレースをなぞるような展開で、大外18番枠から余裕の押し切り勝ち。2着に1番人気の牝馬シンコウラブリイを連れてきたのも前年と同様でした。現役の締めくくりは1番人気で4着だったスプリンターズSから有馬記念への常識外れの連闘。1200mから2500mですから…。

 この有馬記念は宝塚記念の覇者なのに超人気薄だったメジロパーマーの逃げ切り。4コーナーではダイタクヘリオスと2頭で完全に抜け出す態勢で、一瞬夢を見ました。478.9倍の馬連をそれなりに持っていたもので…(汗)。

 その後、数少ない産駒からスプリンターズSを単勝257.5倍の超人気薄で逃げ切ったダイタクヤマトが出現。「こいつならこの馬券は持っている」だろうと、何人かからすぐに連絡が入ったのですが、買ってなかったのは返す返すも残念だ(笑)。

 あの頃の競馬は本当に面白かった。

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コメント

こんばんは。
現在も含めて府中での暮らしが長いので競馬好きになる下地は十分でしたが、私もミスターシービーで競馬の素晴らしさに魅せられてしまった人間です(シービーの話伺いたいものです。)

そんな私の20年強(年齢的には合いませんが…)の馬券人生のなかでも91年のマイルCSは思い出に残るものでした。
秋から馬連が正式導入されたこの年は私が唯一年間収支プラスで終えた年なのですが、このレースでの大勝もその要因のひとつでした。
この頃のダイタクって本当に分かりやすいヤツでしたよねcoldsweats01首の高い不恰好な走りでしたが、そんな姿が四角先頭で押し切ってしまうレース振りと相俟って「強引さ」=「強さ」を際立たせていた気がしますhorse相方の岸元騎手は割りとひ弱な感じでしたけどね(笑)

有馬も現地で観てました。
ブライアンの春天から高松宮もかなりの無謀でしたが、ダイタクの場合連闘でしたからね…

いおぞうさんのおっしゃるとおり、私にとっても「本当に面白かった時代」の競馬の心に残る1頭でした。
冥福を祈りたいです。

ちなみにどうしても彼のことを「ダイタク」と呼んでしまいます。当時はこの冠の代名詞のような存在でしたし、ホクト「ヘリオス」という個性派の大先輩がいましたからねhappy02

ミスターシービーの頃は馬券を買える年齢じゃなかったので、テレビ観戦でしたけどね。馬券と関係なかったので、あの破天荒なレースぶりに素直に驚いたというか。

92年の毎日王冠は負ける気がしませんでした。でもレース後に気付いたのは関西馬が掲示板を独占したこと。時代の流れを感じました。

それにしてもあの頃の競馬は面白かったですよね。騎手のキャラクターが立っていたからかもしれません。このレースでも小島太や安田富雄が現役で、元板前の大塚栄三郎が乗ってたりするわけで。

「首が空に刺さったまま走る」と書いて誰かに笑っていただいたのを思い出します。
とても好きな馬でした。時は流れるんだなぁとしみじみ思います。安らかに。合掌。

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